自分についての物語

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 たまに読み返す本に、高井有一の『谷間の道』がある。特にその中の一節の「遠い明り」のことを、僕は折に触れては思い出す。

 

 なぜか?それは多分、自分のことについてそこに少しだけ書かれている気がするから。

 

 でもそれって良いことなんだろうか?と思ったりもする。けれども、自分自身についての物語のひとつは、いまのところこれである。

 

とにかく、内容を簡潔に紹介してみよう。

 

 

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 「遠い明り」の舞台は、おそらく戦後の日本のどこかの街の高校である。いわゆる「田舎」ではない場所だろうと推測できる。主な登場人物は「私」と秋葉の二人。

 場面はおおきくわけて三つある。まず、「私」が結核の検査で訪れた病院。次に、放課後の学校の図書室。そして図書室からの帰り道だ。

 今回取り上げようと思うのは、「私」が病院へ向かう場面から学校の図書室での場面である。

 

 

 高校生である「私」は結核の精密検査を受けるため病院へ向かった。病院で飽きて中庭へ出ると、クラスメイトである秋葉と出会う。秋葉は寒空の下、中庭で丸太に座り読書をしていた。病院では簡単に表面的な会話を交わしただけであった。

 数日後、図書室へ「私」が入ると秋葉がいつもの自分の席に肘をついて、本を読んでいた。そして「その姿が私に病院の中庭の丸太に腰をかけていた彼を思い出させ、声をかけてみる気を起させた」。


 秋葉はいつも「図書室の西北の隅の、決して陽の当らない一画」に座って読書をしている。非常に几帳面で「数式の等記号まで定規を当てて引く」ような性格である。秋葉は滑らかな顔をし、体に比して鉢の開いた頭が異様に大きい。秋葉は積極的に人と関わろうとせず、周囲も時折、その特徴的な外見から彼をからかうことが少なくなかった。
 図書室で「私」が声をかけると、彼が読んでいたのは蘆花の『自然と人生』だった。「私」はといえば、翻訳の小説をよく読み、波乱にとんだ物語を好んでいた。秋葉と本の趣味が正反対であるともいえる「私」は彼に対して『自然と人生』の面白さを尋ねる。

 

 しかし彼ははぐらかす一方であった。「私」はこれ以上議論する気になれず帰ろうとした。すると急に秋葉は「疎開」の話をし始めたのだった。集団疎開をした「私」に対し、秋葉が経験したのは縁故疎開であり、彼は四国の田舎の小学校へ赴いたという。小学校五年のときである。

 田舎の学校では全員が運動部へ入ることになっていて、秋葉も教師の指示で剣道部へ入部させられた。

 

 剣道部で秋葉が経験したのは周囲からの「疎外」だった。
 剣道部へ入った初日、疎開の四人は二人組にわけられ、防具もつけずに竹刀の打ち合いをさせられる。相手を傷つけることを恐れ、秋葉たちはおずおずと打ち合っていたが、教師の「相手を藁人形と思って打ち込め」という罵声で、秋葉と対峙していた相手が激しく胴を入れた。秋葉は痛みのあまり床に転がってしまう。

 

 しかし、周囲から心配の声が聞こえることはなかった。その代わり耳に入ってきたのは心配などではなく「女より弱い」という嘲りだった。

 

よろめきながら起き上がった秋葉は、先刻まで自分の仲間だと思っていた相手が、彼を蔑む笑いを浮かべ、胸を張って立っているのを見た(p.57)

 


 竹刀の一振りは、秋葉と周囲との関係を切り裂いた。

 秋葉はその経験から「世の中に友達なんてものがあると考えるのが間違って」いて、「痛む傷をかかえて一人きりで生きていかなくてはならない」と思うようになる。

 しかしそれは、いま振り返れば感傷に浸っていただけにすぎないと、秋葉は自身の記憶に距離を置いてみせる。当時を振り返り「滑稽」だと彼は言う。だが、その経験は滑稽であるからといって笑って済ませられるものではなかった。秋葉の言葉を引用しよう。

 

「だけど、滑稽だったからって笑って済ませられるものじゃない。時々、怖いような気もするんだけど、あの頃一所懸命考えた事は、そのままぼくに染みついてしまったみたいなんだ。そりゃぼくだって、年中授業をさぼって遊び歩いている奴等みたいに、毎日を面白く過ごせたらどんなにいいかって考えたよ。でも、それはできないんだ。たまにだべっていても、こいつだって、あの田舎の連中とそう変わっているわけがない、いつ敵になって向かってくるかわからないと思うと、とても親しい付き合いにまで進めなくなってしまうんだ。そういう自分が嫌いでね、苦しんだなあ。神経質だから、余計苦しんだ。今では、もうそれほどではなくなったんだけどね。」(p.59)


 現在では『自然と人生』のおかげで、なんとかなっているという。

 

 秋葉のこの態度を受けて「私」もまた、「やがては、私自身の『自然と人生』を探さなくてはいけないのかもしれない」と感じたのだった。

 

 

 この後、秋葉と「私」の交際は高校を終えるまで続いた。しかし、それは、絶えず相手の気持ちをうかがいながら気の重い話を交わすような、どこか「歪んだ」ものであった…。

 

 

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    高井有一のこの著作を初めて読んだのは、ずいぶん昔になるが大学受験期である。たまたまセンター試験対策の国語の小説問題で取り上げられていたからだ。

 

 これを読んで僕は「自身がいつも感じていたことを言葉にするとこんな感じになるのかもしれない」という気持ちになった。自分のむなしさの所在がわかったような気になった。

 

 しかしだからといってそれで万事解決というわけではまったくない。実際に日々の行動や性格のようなものを変えていけるかどうかは、また別のことだと思っている。たしかに、第一歩ではあると思うけども。そもそも、変える必要はないのかもしれないし。

 

 昔、自分自身が経験した「疎外」のなかで、そこにいた人々についての夢を、まれではあるが今でも僕は見る。夢の中で僕はおびえていることもあるし、彼らと仲良くやっていることもある。ただし、夢の中でそれをいつもどこか俯瞰している自分がつきものではあるのだけど。

 

 こういう夢を見ると、むしろ自分自身がかつて関係を持った誰かのなかで、いまだに澱のように沈んでいるのではないかと、すこし怖くなる。誰かの人生にとって自分は、決定的ではないにせよ、喉に残る魚の骨のように突き刺さるものになってはいないだろうか?

 

 これは誰しもそうなのかもしれないけれど、初対面の相手とうまくやれることは、僕は多くはないのかもしれない。それに、現在の自分の生活や勉強していることの内容を考えると、やっぱり僕にはあの頃の記憶が染みついているのかもしれないなとも思う。

 


 とりあえず、自分としては高井有一のこの文章に出会えたことはとてもよかったのかもしれないとやっぱり思っている気がする。

 

 

 

(文献:高井有一、1969「遠い明り」『谷間の道』pp.46-66、文芸春秋。)

匂いの引き出し

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「きんもくせいの匂いはお祭りの季節!」

 


そういう事について高校の時、クラスメイトが楽し気に言葉にした。

 

秋が近づく9月の終り頃だったと思う。夏の気配は過ぎ去り、蝉の鳴く声もいつの間にか聞こえなくなっていた。教室では窓から入るそよ風が心地よく、陽射しに照らされたワイシャツは夏に比べるとどこか落ち着いた白色をにじませていた。

 

通っていた高校では「情報」の授業を受けることになっていて、僕はパソコンの基本的な操作方法から、ワードやエクセルの基本的な使い方までを学んだ。教室は校舎の3階にあり、自分たちの教室と向かい側の建物に位置していたので、いつも青空廊下と呼ばれる屋外の通路を通って教室へ向かっていた。

 

あるときの授業で、プレゼンテーションの課題が出された。ひとりひとり、何かテーマを決めて15分くらいで発表するというものだ。クラスメイトのひとりであるKくんが、どうやら「きんもくせいとお祭り」をテーマにプレゼンテーションをおこなうようだというウワサが、どこからともなく僕の元へまわってきていた。

 

Kくんというのはサッカー部に所属していた短髪で背の高い人である。とても気さくで、素直で、裏表がなく、いつもこだわりなく皆に話しかけているように見えた。くだらないジョークでさえ、いつも周りを明るい雰囲気にしていた。ウワサが広まっていたのは、たぶん彼の人となりによるものだろうと僕は推測した。そうしたウワサを話の種にして、休み時間には彼の楽しそうな笑い声が聞こえていた。

 

発表当日、Kくんの出番が回ってきた。彼が発表で最初に言葉が「きんもくせいの匂いはお祭りの季節!」だった。

 

その言葉を発した直後、教室は静まり返った。しかし、しばらくするとどこからともなく笑いがこぼれ、全体が穏やかな笑いに包まれた。Kくんは満足そうな笑みを浮かべ、意気揚々と発表を続ける…。

 

 

そのあとどんな話をしたのか僕は覚えていない。

 

 

いまはもう連絡を取ることはない。もともと個人的に遊んだりもせず、クラスメイト以上でも以下でもないというような関係だったと思う。でも、彼には話しかけやすい雰囲気があり、手洗い場などで出くわしたときに、普段は物静かな自分が何かボソッと冗談を口にしても、良いねいいねと常に肯定してくれた場面を僕は記憶している。

 

蝉の鳴き声がいつの間にか止んだように、今年もまたどこからともなくきんもくせいの香りが漂う季節が過ぎようとしている。そのたびに僕は彼の楽し気なあの言葉を思い出す。そして彼が秋祭りに参加していたとしたら、どんな風になっているんだろうと思いをめぐらせる。

 

だからといって手紙を出すわけでもなく、ただ思い浮かべるだけなのだけど。

 

 

 

 

こんな風にして誰かのことやいつかの景色を、何かの匂いをきっかけにしてふと思い浮かべることが、ときおりある。

 

そういう記憶は、風や木や雨や食べ物やコンクリートやお線香が知っていて、自分から訪ねていくことはできない。

 

いつかふと思い出す日が来るまで、たぶん忘れたままの自分の記憶は、目には見えず耳には聞こえないかもしれないけども、もしかしたらすぐ隣にあるかもしれず、そんな些細な思い出の一撃でその日が終わってしまうこともあるのだと考えると、すこしだけ恐ろしい気がしないでもない。

 

自分の記憶であるようで、自分では思い出せない、そういうたぐいの記憶についての地図を、今日も探していた。

 

学校からの帰り道、夜の気温に冷えた風が、昼間の暑さのために用意した薄着に肌寒かった。